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|呉服町の由来|モニュメント|サービス|エムブレム|簡易包装実施中|エコバッグ|駿府浪漫バス|イベント情報| |ギャラリー情報|呉服町サポーターズ・声を聴かせて|ランドオーナー会議について |組織概要| マナーづくり| |呉服町老舗探訪記| モール・アーケードのモニュメントやオブジェもすっかり呉服町の顔となりました。 呉服町各店もますますイイ顔!今までなんとなく通りすぎていたお店や、 新しく仲間入りしたお店にも、ぜひ気軽に足を運んでみてください。 こだわってお薦めする逸品・逸サービスをご用意して、皆さまのお越しをお待ちしています! 今川氏の時代、呉服町は駿府の本町といわれ、 当時から城下の主要地域であったことが知られていますが、 現在のように呉服町の名が使われるようになったのは、 駿府へ引退した徳川家康が慶長14年(1609)に行った町割において 駿府96ヶ町が定められた時からです。 浅間神社に近い北から南に向かって順に 1丁目から6丁目までの6ヶ町からなっていました。 その名は、この地に今川時代末期(1560年代)から徳川時代初期(1620年代)にかけて 網座、木綿座の長であった伴野宗善(友野宗全)が住んでいたため つけられたと言われています。 宗善は町頭を勤め、駿府町割の際には奉公を補佐し、 駿府のまちづくりに活躍した人もあります。 また、呉服町には、その名のとおり、戦前までは十数軒の呉服店が 通りに軒を連ねていたことが伝えられています。
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